壮大なる海に初めて挑む様子を曲で表現した、ハービー・ハンコック(Herbie Hancock)がブルーノート(Blue Note Records)に録音したコンセプトアルバム「処女航海(Maiden Voyage)」。
新主流派、英語圏ではポスト・バップ(Post-Bop)と呼ばれる作品群の1枚であると共に、マイルス・デイヴィス(Miles Davis)らが切り拓いた「モードジャズ」の傑作アルバムでもあります。
このアルバムについて、ハービー自身が語るところによると、海にまつわるコンセプトアルバムを作ろうとしたきっかけは、CM用に提供したまだ曲名もつけてなかった「処女航海(Maiden Voyage)」のメロディから。
2006年発売の「ジャズマンが愛する不朽のJAZZ名盤100(小川隆夫著)」では、たまたまテレビに流れるそのCMを見たら、「(男性用オーデコロンの商品名)、処女航海の香り」というキャッチコピーが聴こえたので、「処女航海」というタイトルを命名したと書かれております。
ただ、2004年発売の「ブルーノートの真実(小川隆夫著)」では、ハービーの妹がこの曲を聴いて、「Voyage」のイメージが思い浮かぶ(意訳)と言ったので「処女航海」というタイトルにした、と書かれているんですが、前者の方が後の著作なので、そちらが正解なのかなあ・・・と。
話を「処女航海(Maiden Voyage)」に戻しますが、アルバム全体を通して感じる何ともゆったりとした雰囲気は、モードジャズ特有の浮遊感を最大限に利用した結果でしょうね。
船出の様子を描く処女航海「(Maiden Voyage)」から始まり、運悪く嵐に襲われ「The Eye Of The Hurricane」たり・・・。
嵐の海域から脱出し「適者生存(Survival Of The Fittest)」すると、平穏な海原でイルカの群れに遭遇したり「Dolphin Dance」。
小さな生物の神秘に驚かされたりする「Little One」といった、航海中の海での様子を、演奏の自由度が高いモードジャズで書かれております。
当時のブルーノート・レコードでは、(売れるために仕掛けとして)アルバム内に必ず「ジャズロック風の曲」を入れるとか、オーナーの意向で必ず「ブルース」を入れる、という風な暗黙のルールがあったそうですが。
「コンセプトアルバムを作るんで、既存ルールの適用は勘弁して!(意訳)」と、オーナーであるアルフレッド・ライオンを説得した様です(笑)。
まあ、デビューアルバムで「Watermelon Man」を大ヒットさせた実績があり、様々な実験的なアプローチで多彩なアルバムを作らせてもらっていた彼だからこそ、許されたんでしょうけど。
面白いのは、マイルス・デイヴィス(Miles Davis)の弟分、フレディ・ハバード(Freddie Hubbard)以外は、マイルス・デイヴィスの共演メンバーであるという点。
巡り巡って「V.S.O.P.」バンドに発展する事を考えると、さらに面白かったりします。
60年代マイルス・バンドを支え続けたリズム隊は「The Trio」として度々来日してましたね。
私も今は亡き野外ジャズイベント「マウント・フジ・ジャズ・フェスティバル」で、
豆粒みたいな3人を会場で眺めつつ演奏を楽しんだ記憶が蘇ります。
あの音源とか映像、そろそろ公式に発売してくれませんかねえ・・・FMエアチェック音源ならありますけど。
「V.S.O.P.」バンドで演奏された「The Eye Of The Hurricane」を筆頭に、後に再演される曲が多いのも、未だ売れ続ける要因なのかもしれません。
Herbie Hancock - Maiden Voyage (RVG)
Blue Note BST-84195 / 東芝EMI TOCJ-9006 [1998.07.23]
01. Maiden Voyage 7:55
02. The Eye Of The Hurricane 5:58
03. Little One 8:46
04. Survival Of The Fittest 10:03
05. Dolphin Dance 9:16
all composed Herbie Hancock
Freddie Hubbard (tp) George Coleman (ts) Herbie Hancock (p) Ron Carter (b) Anthony Williams (ds)
March 17, 1965 at Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, NJ.
ついでなんで、横道にそれた話もしときますか。
アメリカのゴスペルがキリスト教と共に発展してきたように、音楽を演奏するミュージシャン達にも「宗教の影」がちらつく事がよくあります。
ハービーを最初に世に知らしめたトランペット奏者・ドナルド・バード(Donald Byrd)の父は牧師だったりします。
その影響もあってかソウルフルなアルバム「Fuego (Blue Note)」や、ハービーも参加するゴスペル風コーラス隊を配した野心的なアルバム「New Perspective (Blue Note)」なんかを録音しております。
話は飛びますが。
悩み多き時代のハービー・ハンコック(Herbie Hancock)は、バンド仲間でベースのバスター・ウィリアムス(Buster Williams)が紹介で、アメリカの「SGI(創価学会インターナショナル)」に入信したようです。
で、現在、ハービーは「SGI」の大幹部(芸術部長?)らしく・・・ハービーが1980年代から度々来日してる理由が、自分の中で解けたました(笑)。
ミュージシャンの動きに「謎」があれば、「信仰」という側面から辿る事で、容易に解明するんだなあ・・・と。
私は残念ながら未読ですが、池田大作氏との対談「ジャズと仏法、そして人生を語る」には、そんな「謎解き」が含まれているかもしれませんね。