加持顕のジャズに願いをのせて

新潟在住の加持顕(かじあきら)がジャズ名盤の個人的感想など綴ってます。

「McCoy Tyner - The Real McCoy (Blue Note) 1967」激動の時代の熱いアルバム

ジョン・コルトレーン(John Coltrnae)カルテットのピアニスト、マッコイ・タイナーMcCoy Tyner)のブルーノート(Blue Note Records)移籍第1弾となるアルバムが「McCoy Tyner - The Real McCoy (Blue Note BST-84264)」です。

 

「McCoy Tyner - The Real McCoy (Blue Note) 1967」激動の時代の熱いアルバム


ジョン・コルトレーン(John Coltrnae)の替わりに、新進気鋭のテナー・サックス奏者ジョー・ヘンダーソンJoe Henderson)をフロントに迎え、ベースにロン・カーターRon Carter)、ドラムスにエルヴィン・ジョーンズElvin Jones)という布陣で、アトランテック(Atlantic Records)時代の初期コルトレーン・カルテットを彷彿とさせる爽快なる演奏が繰り広げられております。

 

この激動の時代を象徴するかの如き熱いアルバム「The Real McCoy (Blue Note BST-84264)」は、当時のジャズ喫茶で人気盤だったと思われます。


ドラムスのエルヴィン・ジョーンズElvin Jones)が変幻自在のポリリズムで煽り、マッコイ・タイナーMcCoy Tyner)が高速(ペンタトニック)プレーズを連発。そんなバックに対抗し、ジョー・ヘンダーソンJoe Henderson)はパルス波のような独特のうねうねしたフレーズを撒き散らす・・・ホント、熱いアルバムです。

 

1曲目はいきなりエルヴィン・ジョーンズElvin Jones)が、激しいリズムの嵐を巻き起こす「Passion Dance」。

 


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ドラムスのエルヴィン・ジョーンズの奔放なリズムに乗り、マッコイ・タイナーバレリーナの様に華麗に舞い、続くジョー・ヘンダーソンは機関銃のように高速フレーズを綴る、といった熱い演奏が繰り広げられます。
このトラック、1曲目にしてアルバム中最大のクライマックスでしょうね。

 

2曲目は、ちょっと落ち着いた感じの「Contemplation(瞑想)」。

ジョー・ヘンダーソンがハードなブローを展開します。


急速調の3曲目「Four By Five」では、ソロに入るとさらに増速(笑)し、各人勢いのあるソロを聴かせてくれます。

 

4曲目は幻想的なバラッドの「Search For Peace」。

 


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とってもアグレッシブな演奏の後、こういう演奏を聴くと心が和みます。

 

思わず笑いがこみ上げるほどコミカルなテーマの5曲目「Blues On The Corner」。

 


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ジョー・ヘンダーソンのうねうねしたフレーズでさえ、なんだかユーモラスに聴こえます。

 

McCoy Tyner - The Real McCoy (RVG)
Blue Note BST-84264 / Blue Note 7243 4 97807 2 9 [1999]

side 1 (A)
01. Passion Dance (McCoy Tyner)  8:47
02. Contemplation (McCoy Tyner)  9:12

side 2 (B)
03. Four By Five (McCoy Tyner)  6:37
04. Search For Peace (McCoy Tyner)  6:32
05. Blues On The Corner (McCoy Tyner)  6:00


Joe Henderson (ts) McCoy Tyner (p) Ron Carter (b) Elvin Jones (ds) 
April 21, 1967 at Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, NJ.

 

 

ブルーノート創始者のアルフレッド・ライオン(Alfred Lion)は、マッコイ・タイナーMcCoy Tyner)と契約してまもない1967年の秋に、健康状態等の理由等により音楽業界から引退します。

1939年の創業時から約30年、休む間もなく働き続けた結果として、心身ともに疲れ果てた状態での、苦渋の末の決断だったようです。


前年の1966年05月にブルーノート(Blue Note Records)はリバティに買収されており、その関係で日本の「東芝EMI」が、直輸入盤ながらブルーノートのアルバムを発売し始めた頃でもあったりします。

 

ルフレッド・ライオン(Alfred Lion)引退後のブルーノート(Blue Note Records)におけるアルバム制作は、ドイツ時代からの友人であり写真家で共同経営者でもあったフランシス・ウルフ(Francis Wolff)と、ピアニストのデューク・ピアソンDuke Pearson)が担当します。

 

なお、1971年03月にフランシス・ウルフが亡くなった後は、ジョージ・バトラー(George Butler)が、ブルーノートアルバム・プロデュースを担当していく事となります。